心で流す、その涙 



「・・・雛森、くん」

久しぶりに、顔を合わせた。
目が覚めてからまだ数日だけど、その間一度も会うことがなかった。

「・・久しぶり、だね。吉良くん」
「そう、だね。・・今、平気かな?」
「うん、大丈夫だよ」
「・・・少し、話をしないかい?」

間にある、目には見えない微かな距離が、言葉を発するのを止めさせたような気がして、
その問いに雛森は黙って頷いた。






「雛森くん・・・すまない」

一瞬、何故謝られたのかわからなかった。
でも、すぐにあの時のことを言っているのだとわかった。
あの日、互いに刀を向け合ったあの時のことを。

「・・・ううん。あたしこそ、ごめんね。勝手に、思い込んで・・あんな行動に出ちゃって」
「・・・いや。あの時は、それが最善だったんだと思う。君にとっても・・僕にとっても」

一言一言を噛み締めるように吉良が言った。
あの時、彼が自分と戦っても守ろうとした人物は、もうこの世界にはいないのだと、
反逆者となったのだということを、雛森は既に聞かされていた。
そして、自分が最も力になりたいと思っていた人物が、
あの反乱の首謀者であったということも。

「・・・日番谷くんたち、現世に派遣されたんだってね」
「ああ。死神代行の彼とその仲間のたった数人だけでは厳しいだろう、という、
総隊長の判断で決まったんだ」
「そっか・・・」
「ああ・・・」

目が覚めて。
日番谷がいなかったことに、少しだけほっとしている自分がいた。
吉良よりも、もっと傷つけてしまった人。
合わせる、顔がない人。
だから、日番谷がいなくて少しだけ安心した。
例え、いない理由が最も力になりたいと思っていた人物を倒すためであったとしても。

「雛森くん」

名前を呼ばれて、俯いていた顔をあげる。
まっすぐにこちらを見つめている吉良は、何かを言おうとして、
でもどうしようかと躊躇しているように見えた。
そんな少しの間の躊躇いのあと、告げられた言葉は雛森がどこかで予測していたものだった。

「・・・日番谷隊長には、目が覚めたことは・・もう、知らせたのかい?」
「・・・・・ううん」
「そっか・・・」
「・・・まだ、ね、何て言えばいいのかわからないの。
ちゃんと謝りたいし、話もしたいんだけど・・・なんだか、怖くて」


目覚めたことを告げて、謝って、
それでまた、元のように話せるようになれればいい。
でも、もしそうなれなかったら。
もし、拒絶されたら。
そう考えると、どうしても竦んでしまう。


「怖い、か・・・。そう、だよね」
「うん・・・」
「・・・もう少し、休むといいよ」
「え?」

突然言われた意外な言葉に、雛森は再びいつのまにか俯いていた顔をあげて、吉良を見つめた。

「そんなに、急がなくても大丈夫だよ。きっと」
「吉良くん・・・」
「だから、もう少し休むといいよ。心も、体も、さ」
「うん・・そうだね。ありがとう、吉良くん」

少しだけ、心が軽くなったような気がした。



06.08.08

涙は出ない。まだ、流せない。

目覚めた後の雛森の心情。
わかってはいるんだけど、まだ受け入れられない。
そんな、かんじなんじゃないかな。

あと、二人は残された者同士分かり合えることも多いのでは、と思って。