過ぎた日々、そして過ぎ行く今を



「雛森、いるか?」

そう言って、彼がひょっこりと姿を現したのは、ある昼下がりのことだった。

「日番谷くん。どうかしたの?」
「別に。仕事が早めに片付いたから、様子見に来てやったんだ。・・進んでんのか?」

机の上の書類たちに目をやりながら日番谷がそう言い、
雛森はそれに少しだけ苦笑して返事を返した。

「うん・・一応、ね。みんな頑張ってやってくれてるし、あたしも精一杯やってるから、
なんとか今は大丈夫。もしかして心配、してくれた?」
「ま、一応な。檜佐木はともかくとして、お前案外、要領悪ぃしな」
「ちょっと、日番谷くん!」

いくらなんでも言うに事欠いてそれはないと思う。
確かに、要領が悪くない、といったら嘘にはなってしまうけれど、
はっきりと悪いと言われるほどではないはずだ。
日番谷もそのあたりはわかっていて言ったのだろう、雛森が怒ったような口調で名を呼ぶと、
すぐに笑いながら悪ぃな、と返してきた。

「悪いって思うなら、最初から言わないでよね」
「ま、そんなことよりも、茶でも飲まねぇか?甘納豆、あるんだが」

言うだけ言っておいて、さっさと話題を変えてしまうところは昔から変わらない。
雛森は、一つ大きな溜息を吐くと、仕方がないな、と給湯室へ向かった。










「・・・そういえば、三番隊に新しい隊長さん、来たんだよね」

入れてきたお茶を片手に、日番谷の持ってきた甘納豆を食べながら、雛森はぽつりとそう呟いた。
雛森はまだ見かけたことすらないけど、拘突をあっさりと消滅させたという話だから、
相当な実力の持ち主なのだろう。
一体、どんな人物なのか少し気になった。

「あー・・・天貝、とかいったな。長い間遠征に行ってたらしいが、俺も詳しくは知らん」
「日番谷くん・・・もう少し、他の隊長さんのことも気にした方がいいよ?」

日番谷がそれほど周囲の人間に興味がないことは、小さい頃からよく知っているけれど、
仮にも隊長なのだから、もう少し興味を持った方がいいのではないだろうか。

「ほっとけ」
「もう・・・」
「そういや、おまえ吉良と会ったか?」
「吉良くんと?ううん・・最近はあんまり会ってないなぁ」

一体吉良がどうかしたのだろうか。
雛森が微かに抱いた不安を打ち消すかのように、日番谷が言葉を紡いだ。

「アイツ、何を思ったか、三番隊の連中が天貝のことをよく思ってないと、松本に相談しに来てな。
で、松本がいつものごとく酒が入れば仲良くなるだの勝手なことを言い出して、騒ぎになったみたいでな」
「乱菊さんに?」

少しだけ意外に思ったけど、吉良が頼るのも当たり前かもしれない。
彼女のおおらかな力強さには、雛森も何度も救ってもらった。
あの、反乱と呼ばれている事件の後だって、昏睡状態から覚めた後には、
色々と心配してくれて、何かと気を使ってくれた。
市丸隊長と幼なじみだったというからには、あの事件は相当辛かっただろうに、
そんな素振りを全く見せずにいた彼女の強さに、本気で憧れた。

無理なこと、だったから。

尊敬していたあの人が、この世界を裏切ったことさえ、
まだ心のどこかで認めたくない、と思ってしまっているから。

「・・・ま、そういうわけだ。アイツも色々大変そうだな」

日番谷にとって一応他人事とはいえ、副官が関わってしまった以上、
まるっきり他人事とは思えないのだろう。
日番谷のそんな何気ない優しさに、雛森はふふと微笑した。



08.05.14

小さな波紋、小さな憧れ

アニメ168話(新隊長天貝繍助篇)をベースに。
三番隊に新隊長が就任したことによって、起こった小さな波紋・・みたいな。
雛森は気になってるし、どこか羨ましいとも思ってるような気がして。